自分の中のスタンダード

先日FBに、

自分は多作にはほど遠く、そもそもそんなに言いたいことがある方じゃないので、
創作に当たってはホントに産みの苦しみにのたうちまわり、捻り出すのが精一杯なのです。
人前に出るのも好きではないし。
なのになんでわざわざ好き好んでそんなことするんだろうね、そこが自分に対する最大の謎。

ていう投稿をしました。

ご無沙汰している、尊敬するミュージシャンの方から思わぬ嬉しいメッセージをもらったりして、ありがたいなあと思った訳だけど。

で、思い出したのが、The Policeの頃から敬愛してやまないStingが、最近までの10年程、全く曲が書けなくなったって言ってたこと。Stingさえそうなのかー。

まあ、偉大なStingと自分を比べるのもなんだけど、もう一つStingの言葉で

「15年も前に作った曲でも、夕べ書き上げたかの様な気持ちで唄うのが自分の仕事だ」

って言うのを思い出した。その言葉を聞いたのはもう10年くらいになるけど、てことはその頃からStingは曲作りに行き詰まってたのかな、それでそういう言葉が・・・?

にしても、当時その言葉にはいたく感動したのを思い出した。

そうか。自分も「僕のバラは君のこころ」は15年前、「ミラメ」は11年前に書いた曲だけど、今でもちっとも飽きないし、唄うときは初めて唄うような、緊張と、瑞々しい気持ちになる。

スタンダードって呼ばれる曲は、みんながそういう風に思える曲なんだなきっと。自分がそういうスタンダードを書くのは夢だけど、自分の曲で自分自身がそのように感じる曲は、自分にとってのスタンダードって呼んでもいいんじゃないかな。

曲を量産するのは出来ないけど、唄う瞬間に自分自身がいつも新鮮に感じる、そういう歌を一つずつ作っていけばいいんだね。

ツアー後記

もう先々週の事になってしまいましたが、久々の大渕博光 with Triánguloのツアーも終わりました。

初日、台風18号の来襲で、クルマ移動の僕らはどうなることかとおもったけど、通行止めになった東名から中央道に切り替えてなんとか無事に大阪へたどり着きました。

大阪 ミスター・ケリーズ
3度目になるケリーズさん。この日はなぜかMCが絶好調だったらしく(Pf奥山・談)、初日ということもあってテンション上がりました。曲も多めにやっちゃった。景気づけの1発て感じで。

倉敷 ペニーレーン
お初です。行ってから知ったけど、B・伊藤が「これまでで最強のを連れて行く」とか宣言してたそうで、そんな期待を裏切る訳にはいかないわけで、どきどきしたけど、皆さんとても喜んでくれました。なんていうか、今回の旅はオープンに音楽を楽しんでくれるお客さんに恵まれてる気がしました。お店のオーナーさんは愛ある厳しさでミュージシャンを見てくれてることが感じられて、気持ちも引き締まりました。

高松 SO NICE
ここもお初。高松はジャズも盛んで、この日も楽器をされてるお客様が多数。そして、オーナーさんも唄うということで1曲、デスペラード歌ってもらったらこれが絶品で。あんなに上手いのにひけらかさないところもまた。激しく刺激を受けました。そうそう、この日は皆既月食だったね。

京都 きらきらひかる
またしてもお初。京都市内でもかなり北の方の、鴨川沿いに在る和食レストラン。1930年代製のコンサートグランドピアノがいい味出してました。新しい出会いもまたあり。自分が唄うことで、というとおこがましいけど、人が繋がっていくのも嬉しいもんです。

四日市 Club Pazzo
最終日。そして来たかった場所。2年以上振りで、お店も広くなってだいぶ様子も変わったとはいえ、ただいま!と言いたくなる場所。名古屋方面で世話になっているフラメンコ舞踊家の高村康子さんにゲスト出演を依頼していたんだけど、選曲が「チルハナウタ」っていう意外さ。和物のバラードをどう踊ってくれるのかなと期待してたら期待以上のものを返してくれました。感謝!
本当は朝まで打ち上がりたかったんだけど、次の日が横濱ジャズプロムナードで朝6時半の出発だったもんだから、残念ながら早めに引き上げました。

たったの五日間だったけど、毎日が違う空気感でライブをし、同じ曲も毎日変化をし、発見をし、素晴らしい音楽にまみれて感動を共にした充実の五日間でした。各地でお世話になった皆さん本当にありがとう。感謝します!LOVE!

大渕博光 with Triánguloツアー!

2014ツアー

いよいよ、久しぶりに、ツアーです!

10月6日(月)大阪 Mr.kelly’s
10月7日(火)倉敷 ペニーレーン
10月8日(水)高松 SO NICE
10月9日(木)京都 きらきらひかる
10月10日(金)四日市 Pazzo

倉敷・高松・京都は初!素敵な出会いが楽しみです、気合い入れてます、是非来て下さい!

LS3のライブ

DSC_0340-1月曜日に終わった「LS3+」ライブ@中目黒・楽屋、月曜だし飛び石連休半ばだし、お客さん集まるかなあ、なんて心配も吹っ飛ぶ満員御礼でした!

いやあ、ありがたい。どうも自分の周りの、信頼するミュージシャンは演奏や人間はとても素敵な人たちばかりなんだけど、一様に宣伝とかそういうことに疎い(笑)。もちろん自分も含めて。

要するに、価値の置き所がね、儲けるとか有名になるとかが価値観の後列なんだね。いいプレイのことしか考えてないもんね。

こないだのライブが、そんな宣伝力もない我々の所へ50数人だけど、満席になり、みんなが楽しそうにしててくれて、そしていつもより少しだけギャラを多くもらい。すごい満足感。身の丈に合うって言葉、遠慮がちな言葉で嫌いな時もあるけど、こういうときに使うべきなのかも。身の丈を大きく見せるんではなくて、本当に身の丈が大きくなればもっと多くの人を楽しませられるはず。

いつも心は音楽やり始めた頃の新鮮さを持ちつつ、お客様へは楽しい時間を過ごしてもらうためのプロ意識も持ってないといけない。いつもそう思ってる。LS3は今、アマチュアの頃の様な新鮮な気持ちを持ちながら、みんなに届く音楽がちょっとずつ出来てきてる、素敵なユニットだと思います。

歌詞集 「また朝が来る」

どれくらい歩いたかな

気が付くとよくここに来てたね

日が落ちるまでずっと

ただ海を見てた

誰かのせいじゃない

誰も責められない

ただまたあなたのそばに居て

ずっと語り合えたら

二人で見た景色と一緒に

引き潮の遥かかなたへ

あなたを連れてった海に

またいつもの朝が来る

 

おやすみ、また明日

分け隔て無いあの日々に囲まれ

「サヨナラ」って言葉さえ

明日のためにあった

誰かのせいじゃない

誰も責められない

ただまたあなたの笑い顔で

温められたなら

握りしめた海の小石を

少し痩せた頬に当てたら

あなたの暖かい手が

そっと触れた気がした

 

誰かのせいじゃない

誰も責められない

ただまたあなたのそばに居て

ずっと語り合えたら

二人で見た景色と一緒に

引き潮の遥かかなたへ

あなたを連れてった海に

またいつもの朝が来る

 

2011年「UNO Y TRES」より「また朝が来る」 作詞/大渕博光 作曲/伊藤寛康

 

このアルバムの制作が始まったのが2011年の2月頃。書き下ろしの新曲も何曲か入れるということで準備をしていたところで、3.11がやってきた。

作曲という、手で触れられるような具体的な物を産まない行為が、全てが波の彼方に消えてしまったあの災害を目にして、さらに虚しいことに感じて全く筆が進まなくなった。

もう新しいアルバムは出せないかもしれない。出している場合じゃないのかもしれない。出しても意味がない。それよりも、音楽の意味が無くなってしまったんじゃないか、と思うぐらいの気持ちになっていった。今思えば、直接的な被害を受けていないのに何を言っているのかともいえるけど。とにかくその時は無力感で一杯だった。

中にはすぐに、音楽の力で元気を届けようと、乗り込んで行く同業者もいたが、自分はできなかった。その時被災地の方々が必要だったのは、目の前の難局をなんとかすること、食べ物や着る物や力や、お金や。音楽だとは思えなかった。大体音楽の力、ってなんなんだ?と。音楽をやるものの思い上がりではないのかと。

一ヶ月も過ぎ、何も作れなくなって、もはやかなり無理な気持ちになっているところへ、ベースの伊藤が「こんなのが出来た。なぜかあっという間に出来た。」と曲を持ってきてくれた。彼も創作意欲を失いかけて、もがいていたようだが、突然浮かんだメロディだったそうだ。

デモテープを聴いてすぐに「あ。そうか」と急にイメージが湧いて、何も考えずに一気に歌詞を書いた。レクイエムのような歌が出来た。

あの災害で衝撃を受けたのは、暮らしていた景色そのものが全て消え去ってしまったことだ。人生にはその人そのものはもちろん、生きているその場所も含まれて居ると思う。例えば、子供の頃駆けたあの河原。初めてキスをしたベンチ。生きている思い出はもちろん、故人との思い出もその場所へ行けば蘇らせることが出来るはずだった。だけど、その景色そのものが全て無くなってしまうなんて。

それでも生き残った者は明日また目を覚まして、どこかで折り合いを付けていくのだろう。自然の前には為す術も無いが、やっぱり生きていくんだろう。

僕らは想像するしかない。歌を作る物は人一倍、全力で想像するしかない。想像して寄り添うくらいしかない。音楽の力で励まそう、なんて今でも思ってない。音楽の力は、きっと聴く人の側にある。音楽は欲しいときにそっとそこに有ればいいと思う。

歌詞集 「チルハナウタ -散花歌-」

防人の地の果てに

それぞれの君を想ひ 円陣を組む

君の肩に、君の胸に

黙って付けた印が消えぬように

 

その手に槍を持て

その胸に花を抱け

遠くに聴こえる波の音が

餞(はなむけ)の歌を唄う

サイノ サイノ サイノサイ、サイノ サイノ サイノサイ…

 

待ちわびて手紙書いた

白い便せん、ぽつぽつと染みが浮かぶ

君置いて来た運命(さだめ)の

理不尽さえも、君のためと知る

 

この淡き夢よ叶え

君へと鳥を放て

遙かな風の行く先に

幾ひらの花びら散らそう

サイノ サイノ サイノサイ、サイノ サイノ サイノサイ…

 

2009年「KENO KENO KENO」より「チルハナウタ -散花歌-」 作詞/作曲・大渕博光

 

今日は8月10日。毎年今頃になるとテレビやなにかでは免罪符のように終戦特集が組まれるが、最近は減った気もするね。
僕の亡くなった父親は、大正15年生まれで、終戦の歳に成人を迎えた。
1月が誕生日の父はハタチになると、敗戦も決定的となった夏に宮崎県の沿岸部へ徴兵されたという。
毎日のようにやってくるアメリカ軍のグラマン機を迎撃するためだったというが、軽機関銃くらいしか無い武装では、ただ、やられないようにやり過ごすのが精一杯だったようだ。
幸か不幸か、まもなく敗戦となり本土配属だったこともあり、すぐに引き上げとなったわけで、
そうで無ければ僕は生れていなかったかもしれない。

九州はその宮崎を含め、何カ所かの特攻隊の出撃地があった。
攻撃そのものは全く受け入れられることでは無いし、それを強制した当時の国や軍部は狂気に覆われていたとしか思えない。
だけど、敵の艦に突っ込んで行くときの彼らの気持ちは救いあげてあげたい。卑下や否定はしたくない。
突撃の瞬間、彼らが守ろうと思ったのは国や軍のことではなくて、親や兄弟や最愛の人への想いだけだったんじゃないかと思う。
それはむりやりむごい状況に置かれたんだとしても、守ろうとして叫んだ愛情は真実だと思いたい。

そしていま、僕らがここにこうしていられることに感謝しよう。そう思って書いたこの曲。

だが、残念なことに僕が生れてこのかた、最近のこのキナ臭さは経験したことがなかったレベルだ。特攻隊の彼らが、僕らで最後にしてくれと望んだ未来とは違う方向へ行こうとしている。
どうなっていくのか。

映画「ジプシーフラメンコ」

ジプシーフラメンコリサイズ映画「ジプシーフラメンコ」の試写会に行きました。

カルメン・アマジャが去年で生誕100年だったそうで、それを記念しての公演を作るに居たるドキュメンタリー映画。姪のウイニーやその娘カリメが中心人物になります。

生誕100年、調べたら俳優の故・森繁久弥さんがそうなのね。

踊りを見たい衆には物足りないであろう、淡々としたドキュメント。でも、とても引きつけられる映画でした。

芸に対して純粋に対峙する三世代の表情に、あ、これがプーロってことなんだなって思いました。

プーロって踊りや音楽のスタイルではなくて、ヒターノかどうかでもなくて、その芸に嘘をつかずに取り組んでるかどうか。よく、プーロとモデルノで比較して言うけど、モデルノの対比語はアンティグアで。プーロに関して言えばプーロかプーロでないか、しかないよね。

うーん、逆に芸の世界においてプーロでないものなんて存在できるのか?あったとしても価値はないわなあ。

あ、映画はそんな堅苦しいことは全然出てこないのでご安心を。
ドキュメントとはいえ、どうやって撮ったのかと思うような撮影に際して余計な構えのない登場人物達、只々いい物を作ろうとするアーティスト達の淡々とした、でもときおりニヤッとさせるやりとり、4世代目を担おうとする子供の無邪気だけど時折見せるハッとするような芸人の表情。

三々五々集まって、時間を気にせず遊びみたいに音を出し始めて、ああ、こんな風に音楽や踊りが作れたら楽しいだろうな!って場面が一番好きででした。

たぶんフラメンコと関係無い人でも見れば何かを感じ取れると思います。お勧めします!

 

 

8月9日(土)~※上映約1ヶ月
会場
渋谷ユーロスペース
出演
カリメ・アマジャ、メルセデス・アマジャ“ラ・ウィニー”、ファニート・マンサーノ
料金
前売¥1,500 当日¥1,800