モノローグ

齢を重ねる毎に、自分がどうなりたいのか判らなくなるのはどうしたものか。願望もエントロピー増大の法則に則って拡散希釈してるだけのことかしら?

いま午前1時前。近くの動物園の柵の向こうから誰かの鳴き声が聴こえる。

過去というのは脳の中の記憶でしかなくて、いまこの宇宙のどこにも存在しない。だから過去、存在しないものに縛られるのはナンセンスで、実際記憶も日々都合の良いように上書きされているらしい。ただ面白いのは、生きていて出会う1つの事象も関わった人は自分一人でないことが殆どで、1つの事象が複数の人の記憶に残る事になるから、つまり、1つの出来事も複数の異なった過去になるとこ。今は一つしかないのに過去はそうじゃないんだなー。

まてよ、過去は脳の記憶だとしたら、無生物の世界で過去はどう扱われるんだろう?

また動物が鳴いた。

ヒデキさん

​歌う動機が「人が喜ぶから」であって、強烈にフラメンコに感動したからとかでは無かったりするので、時折迷う。ジャンル的な軸が、いまだに持ててない。

‌​西城秀樹さんが亡くなった。
小学4年生までの自分にとっては一番の憧れの人でした。というのも5年生になると一気に洋楽かぶれになったから歌謡曲は聴かなくなったんだけど、秀樹さんて小さい頃から洋楽の人で小3でジェフ・ベックのファンになったんだって。そしてスカウトされるまでドラマーだったのね。歌はたまたまジャズ喫茶のライブで唄ったところを拾われたらしい。

そんな経緯だから、歌手になってからはどんなモチベーションで唄ってたのかな。

ハスキーヴォイスでシャウト。思えば後に好きになったスティーブン・タイラーみたいだったねー。​歌謡界だったけど、やっぱりそういうのやりたかったんだろうね。

​さあ、自分はどうだろう。​
好きだったものをいちいち掘り起こしてみるのもいいのかな。

2018年始まる。

気が付いたら8日だ、成人の日らしいですね。

ブログ?半年書いてなかったですが、最近SNS疲れっていうやつもありブログもたまに書こうかしらん、ということで折しも今年の抱負を宣言する時期みたいなので・・・

抱負!
とは!

心の中に持っている計画・決意。(国語辞典より)

てことは

心の中にしまっておかないと抱負ではなくなる?!

なんてことはさておき、今年は

一、誰かの真似をしない、らしい。

一、やりたいことしかやらない、らしい。

‌一、なるべく笑って過ごす、らしい。

このくらいにしておこう!

All you need is love.

愛が全て、愛があれば、と生きるのはとても美しく見えるが、実際それを通そうすれば、時として辛さを連れて来ることも少なくない。
憎しみを持つ方が簡単で、楽な時もある。

よく聞かれること

よく「なんでフラメンコ始めたんですか?」と聞かれるけど、正直最初は成り行きだったので、何かを見聞きして衝撃をうけたとか、あこがれの誰みたになりたかったというのは無いのです。たぶん聞く側はそういった劇的な出会いの話を期待してるんだろうけど。すんません。

なんで歌を歌ってるのかっていうのは、これもわからない、たぶんだけど一人っ子のテレビっ子の鍵っ子だったので、テレビの中のスター歌手は好きだったみたいでよく真似してた。そして歌うにおお金はかからないので極貧の育ちでもできたしね。

さて、それではなんでわざわざ人前で、職業にまでしてしまったのか。これには多少身に覚えがある。ごく幼少期に、そういう当時の森進一やら西郷輝彦やらの真似をすると近所の大人がよろこんで飴をくれたり時にはお小遣いをくれた。歌うとお金になることを知ったらしい。その後中学生になり歌好きと(そのころは)目立ちたがりの性格でギターの弾き語りを始め、中2の文化祭。全校生徒を集めた体育館で仲間三人とライブしたことがあった。そしたら、みんな大喜びで、歌い終わるとものすごい声援をくれた。すごい鳥肌がたって、このとき「あ、オレが唄うとみんなが喜ぶんだ」と自覚という名の勘違いが始まった。

それからその、「唄うと金になる」「唄うとみんなが喜ぶ」という勘違いは今に至るまで続いている。

この「なんでわざわざ人前で唄ってる、踊ってる」はきっと人それぞれだと思う。みんなに一度聞いてみたい。

区切ること、続けること

千葉のラウンジ青山というスナック風のライブ会場にて、大渕博光 with Triángulo最後のライブをしました。

2006年に結成してから足かけ11年目でした。
「フラメンコ歌手からJ-POPへメジャーデビュー」した次の年、何か新しいサウンドを求めて、あえてジャズのピアノトリオとやる決心をしてライブを始めました。

当時の僕にとって、普通には手の届かない夢のようなゴージャスで確かな演奏は、逆に毎回ライブを迎える度に極度の緊張に襲われることになりましたが、本物の演奏家の音はこれ以上無い修行の場で、本当に色々なことを学びました。フラメンコから一度離れてみると、世の中には素晴らしいプレイヤーが無数に居て、条件の整わないなかでもしのぎを削って音楽にいそしんでいることも知りました。

ツアーにも度々出ました。暖かく迎えてくださる各地の方々との触れ合いは、音楽をやっていてホントに良かったと、感激しまくる旅でした。

ありがたいことに、2枚のフルアルバムと1枚のライブDVDも作ることが出来ました。音楽をしていて形に残るものが作れたのは人生でも本当に幸せなことだと思います。

10年という月日は、バンドにもプライベートにもいろいろな変化があって当たり前の時間だったのだと思います。続けることと区切りを付けること、両方あるのだと思います。バンドとして僕らは区切りを付けました。そしていい音楽、これはやり続ける事です。

最後のライブは、恐らく知る人も少ない千葉の小さな場所で、10名余り(でも満席です)の前で行われました。リハの間はどんな気分になるかと思ったけど、お客さんの前に出ると意外なほどいつもと同じように、くだらないMCを挟みながら、素晴らしい演奏に昂揚されながら進める事ができました。途中、もうこの音の中で唄えないのかと思うと、涙が出そうになったけど、お客さんの楽しい顔を見ると踏ん張れました。

長い間応援してくれた方も駆けつけて下さいました。感涙されていました。

いままでありがとう、楽しい日々を、楽しい音楽を。僕の様な雑草の歌い手が、素晴らしいプレイヤーと共に演奏できたこと、そのお陰で沢山のお客さんに会えたこと。いまは感謝しかありません。

歌い手としては、先輩方の歌を聴く度に下手すぎる自分にガッカリしてしまいますが、とにかくこれからも向上したいと思います。

みんなどうもありがとう!

大渕博光 with Triángulo
歌・大渕博光
ピアノ・奥山勝
ベース、コーラス・伊藤寛康
ドラムス、コーラス・藤井摂

この日のセットリスト
1st
A donde iba a llegar
恋が終わるとき
Sabor a mi
テキエロ節
また朝がくる
ギタリスタ・バイラオーラ

2nd
蒼い予感
Mirame
Mi rosa es tu corazon
チルハナウタ
Obsesion
Keno keno keno

アンコール
Mas

全部やる。

なんだか、いろいろ仕切ったりひねり出したりしなきゃいけないことが多くて、とても疲れてるけども、「やれることは全部やる」が今の自分の身体の中に常に流れてる言葉。なので、やる。去年の半ばからこの言葉に突き動かされるように生きています。明日は来ないかも、って本気で思うもんね。