All you need is love.

愛が全て、愛があれば、と生きるのはとても美しく見えるが、実際それを通そうすれば、時として辛さを連れて来ることも少なくない。
憎しみを持つ方が簡単で、楽な時もある。

よく聞かれること

よく「なんでフラメンコ始めたんですか?」と聞かれるけど、正直最初は成り行きだったので、何かを見聞きして衝撃をうけたとか、あこがれの誰みたになりたかったというのは無いのです。たぶん聞く側はそういった劇的な出会いの話を期待してるんだろうけど。すんません。

なんで歌を歌ってるのかっていうのは、これもわからない、たぶんだけど一人っ子のテレビっ子の鍵っ子だったので、テレビの中のスター歌手は好きだったみたいでよく真似してた。そして歌うにおお金はかからないので極貧の育ちでもできたしね。

さて、それではなんでわざわざ人前で、職業にまでしてしまったのか。これには多少見に覚えがある。ごく幼少期に、そういう当時の森進一やら西郷輝彦やらの真似をすると近所の大人がよろこんで飴をくれたり時にはお小遣いをくれた。歌うとお金になることを知ったらしい。その後中学生になり歌好きと(そのころは)目立ちたがりの性格でギターの弾き語りを始め、中2の文化祭。全校生徒を集めた体育館で仲間三人とライブしたことがあった。そしたら、みんな大喜びで、歌い終わるとものすごい声援をくれた。すごい鳥肌がたって、このとき「あ、オレが唄うとみんなが喜ぶんだ」と自覚という名の勘違いが始まった。

それからその、「唄うと金になる」「唄うとみんなが喜ぶ」という勘違いは今に至るまで続いている。

この「なんでわざわざ人前で唄ってる、踊ってる」はきっと人それだと思う。みんなに一度聞いてみたい。

区切ること、続けること

千葉のラウンジ青山というスナック風のライブ会場にて、大渕博光 with Triángulo最後のライブをしました。

2006年に結成してから足かけ11年目でした。
「フラメンコ歌手からJ-POPへメジャーデビュー」した次の年、何か新しいサウンドを求めて、あえてジャズのピアノトリオとやる決心をしてライブを始めました。

当時の僕にとって、普通には手の届かない夢のようなゴージャスで確かな演奏は、逆に毎回ライブを迎える度に極度の緊張に襲われることになりましたが、本物の演奏家の音はこれ以上無い修行の場で、本当に色々なことを学びました。フラメンコから一度離れてみると、世の中には素晴らしいプレイヤーが無数に居て、条件の整わないなかでもしのぎを削って音楽にいそしんでいることも知りました。

ツアーにも度々出ました。暖かく迎えてくださる各地の方々との触れ合いは、音楽をやっていてホントに良かったと、感激しまくる旅でした。

ありがたいことに、2枚のフルアルバムと1枚のライブDVDも作ることが出来ました。音楽をしていて形に残るものが作れたのは人生でも本当に幸せなことだと思います。

10年という月日は、バンドにもプライベートにもいろいろな変化があって当たり前の時間だったのだと思います。続けることと区切りを付けること、両方あるのだと思います。バンドとして僕らは区切りを付けました。そしていい音楽、これはやり続ける事です。

最後のライブは、恐らく知る人も少ない千葉の小さな場所で、10名余り(でも満席です)の前で行われました。リハの間はどんな気分になるかと思ったけど、お客さんの前に出ると意外なほどいつもと同じように、くだらないMCを挟みながら、素晴らしい演奏に昂揚されながら進める事ができました。途中、もうこの音の中で唄えないのかと思うと、涙が出そうになったけど、お客さんの楽しい顔を見ると踏ん張れました。

長い間応援してくれた方も駆けつけて下さいました。感涙されていました。

いままでありがとう、楽しい日々を、楽しい音楽を。僕の様な雑草の歌い手が、素晴らしいプレイヤーと共に演奏できたこと、そのお陰で沢山のお客さんに会えたこと。いまは感謝しかありません。

歌い手としては、先輩方の歌を聴く度に下手すぎる自分にガッカリしてしまいますが、とにかくこれからも向上したいと思います。

みんなどうもありがとう!

大渕博光 with Triángulo
歌・大渕博光
ピアノ・奥山勝
ベース、コーラス・伊藤寛康
ドラムス、コーラス・藤井摂

この日のセットリスト
1st
A donde iba a llegar
恋が終わるとき
Sabor a mi
テキエロ節
また朝がくる
ギタリスタ・バイラオーラ

2nd
蒼い予感
Mirame
Mi rosa es tu corazon
チルハナウタ
Obsesion
Keno keno keno

アンコール
Mas

全部やる。

なんだか、いろいろ仕切ったりひねり出したりしなきゃいけないことが多くて、とても疲れてるけども、「やれることは全部やる」が今の自分の身体の中に常に流れてる言葉。なので、やる。去年の半ばからこの言葉に突き動かされるように生きています。明日は来ないかも、って本気で思うもんね。

EL RESTOさんと共演・・・から思うこと。

夕べはパーカッショにスト伊波淑君率いる「EL RESTO」のライブにゲストで参加しました。

EL RESTOってスペイン語で”一休み”って意味なんだけど、昨日のライブ会場は下丸子駅前の「一休」っていう居酒屋。

ほらね、そういうわけで、元々この地域がホームグラウンドの淑君が、居酒屋・一休のために作ったバンド、らしいです。

ベースの澁谷さん、ピアノのあびるさん。伊波・澁谷コンビはご存じ「Sociedad Secreta」のメンバーですが、あびるさんとは初共演。

僕の拙い譜面を初見で、なのにとても気持ちの良い演奏で嬉しくなってしまった!ほんとスゴい人達だ。

お客さんはメンバーのファンの方達と、恐らく地元のお店のファンの方々。

すごく聴いてくれて、すごく盛り上がってくれた。またまた嬉しくなった。

打ち上げもお店で、とても美味しい食事がわんさと出てきて、ホントに楽しいメンバーとくだらない話で大いに笑い、心が癒やされた。

 

昨日のメンバーは、人柄からも演奏からも、本当に音楽って楽しいもんだと教えてくれる。

また音楽に救われる。

僕はこの声を授かれて良かった。

僕は、僕の中身には何にも無いが、この声のお陰でようやく人と繋がれてるような気がする。

そして、音楽で人を救おう!なんて傲慢には言えないけど、同じように、僕らの音楽を聴いてる間だけでも、ホッと一休みしてくれる人が居たら嬉しいなと思います。

踊り候え

もう一昨日になりましたが、「金沢フラメンコ祭り・踊り候え(鴨居玲へのオマージュ)」無事に終わりました。

昨年の春に決まった公演、その後、金沢に縁の深い画家・鴨居玲の没後30年でもあり、彼を題材にした舞台を作ることになりました。
そしてそんな大切な舞台の演出を、なんの実績もないこの僕に。

舞台を創るということには前々から興味はあったけど、いきなりの大きな舞台・重い題材で、果たしてうまく行くのか、と思いました。

 

うまく行ったと思います。とても。

 

それは、舞台は決して演出家の物ではなくて、出演者はもちろん音響・照明・舞台の各スタッフや、プロデューサーとしての金沢芸術創造財団の方々のそれぞれの素晴らしい働きによって出来上がるものだから。その事がとても良くわかった公演でした。関わった全ての皆さんに最大限の感謝です!

しかしやっぱり、こういう立場で参加すると、舞台が終わってちゃんと拍手がが来るのかホントに不安になった。ちゃんと頂けましたけどねw
さすがに精魂尽きた感じだったので、今日は1日地元の港を見たりしてリラックス。

演出の仕事。またやってみたい気もするし、しんどい気もするし。
でも、照明が入ってからのリハーサルで、冒頭のシーンが動き出したとき、普段してるみたいに、自分が譜面に書いた曲がメンバーに手渡されバンドがサウンドし始めたときと同じような感動があった。僕は楽器が苦手だが、そういう風に創造の喜びは共有出来る。踊りも照明も出来ないが、舞台を創る喜びは共有できる。
やっぱりやってみたいです。

歌詞集「Mirame」

MIRAME

祈りの城、まだ見たことのない
言葉と想い少しずつまじり合って
消えろ夢など 溶けて飛んでった

誰かが唄う 古い詩人の歌
耳に残って 行き先を見失いそう
僕のつぶやき 君のメロディ

Mirame…僕を見つめてよ
Mirame…僕を認めてよ
Mirame…Ay! Mirame.

祈りの城 まだ見つからない
海に沈んだ りんごを探しに行かなければ
子供のように 時間も気にしない

何を話そう なんて決めてない
言葉こぼれて はじめて気がつくんだ
君は太陽 そして僕は月

Mirame…僕を見つめてよ
Mirame…僕を認めてよ
Mirame…Ay! Mirame.

もうなにもいらない もうなにも欲しくはない
闇を束ねて 差し出すから
光集め 数千倍で 照らしてくれ

祈りの城 まだ見つからない
海に沈んだ りんごを探しに行かなければ
子供のように 時間も気にしない

Mirame…僕を見つめてよ
Mirame…僕を認めてよ
Mirame…Ay! Mirame.

「Este Amor」より(King record 2005)

 

10年間、ライブではほぼ毎回唄っている大切な曲。

最初にサビの「ミラミラミラ、ミーラ、ミラメ」っていうのが浮かんできた。
そのあとに「僕を見つめてよ」「僕を認めてよ」ていうのが繋がってきた。

今思えばなんとも辛気くさい言葉だけど、これが出てきた時、唄いながら涙が出てきた。

頭の循環コードができあがって、大まかなメロディーが出来てきた。この頃の作曲ではインチキスペイン語なめちゃくちゃな言葉でメロディを唄ってから、その雰囲気に近い日本語を探す方法をとってた。「祈りの城」なんてそもそも何のことか判らないよね。最初に「Lilo lilo lilo」って唄っていたので、意味よりも音感優先で。

そうそう、残りの歌詞のほとんどはその頃夏によく行ってた、バイクキャンプツーリングのテントの中だったよ。色々言葉遊びをしながら。その状況も面白い。

その頃の作詞のもう一つの方法は、まず一行だけ考えて、次にそこから連想してまた1行、という方法で。結果すごく散文的になるんだけど、全く自由な発想になれるのと、面白い事に読み返してみると、見事に自分の心象を現してる気がした。

ああ、思っても無かったけど自分の奥にはこういう感情があるかも、とか。精神分析医のカルテのような。だから涙が出たりするんかな。

「君は太陽、そして僕が月」っていうのが出てきた時は自分でも驚いた。そしてこれは傑作かもと思った。唄いながらまた涙した。

僕は照らされるばかりでいていいのかっていうネガティブなイメージもあって、好きなフレーズだけど唄う度に胸が締め付けられるような気持ちにもなってた。

今では、夜道を照らす月明かりにもなれると思えば、悪くないな!と思ってます。